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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)5511号 判決 1960年8月31日

原告 今俊清 外四四名

被告 国

主文

被告は原告等に対しそれぞれ別紙債権目録の合計欄中該当部分記載の金員およびこれに対する昭和三三年七月一八日から完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者双方の求める裁判

一  原告等は主文第一、二項と同旨の判決および仮執行の宣言を求めた。

二  被告は「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求めた。

第二原告等の主張する請求原因

一  原告等はいずれも被告に雇傭され駐留軍に使用されるいわゆる駐留軍労務者であり、それぞれ北海道または青森県にある駐留軍基地において消防士をしているものである。

二  連合国軍による占領中これに対する消防関係労務の供給は、いわゆるP・D労務者(軍の調達要求書にもとづき日本政府が民間業者に労務提供を請負わせる等の方法により、日本政府の雇傭によらずして連合国軍に提供する労務者)によりまかなわれていたが、昭和二三年三月三一日連合国軍最高司令官から日本政府に対し同年四月一日以降なるべく早い時期にこれをいわゆるL・R労務者(軍の労務要求書にもとづき日本政府が雇傭した上連合国軍に提供する労務者)に切替えるように指令が発せられた。

ところで、L・R労務者の給与については、昭和二三年四月一〇日以来、技能工系のものには同日付特調庶発第四四六号「連合国軍関係技能工系統使用人給与規程」(以下技能工系給与規程という。)が、事務系のものには同日付特調庶発第四四八号「連合国軍関係事務系統使用人給与規程」(以下事務系給与規程という。)が適用されることになつたが、前記指令にしたがつてP・D労務者の消防士をL・R労務者に切替えるに際して、昭和二三年六月二三日特調庶発第七〇七号による事務系給与規程の一部改正により消防士の職種が事務系労務者として追加されるとともにその基本給基準表が定められ、同月一日にさかのぼつて実施された。

三  しかし、右基準表に定められた消防士の給与額があまりにも低かつたため、右切替によつて所要人員の消防士を確保することが困難であつたところから北海道および青森県においてはやむをえず次のような特別の操作をすることによつて、切替後も消防士に対する給与が従来の支給額を下廻らないように配属された。

1  昭和二三年八月L・R労務者への切替が行われた北海道関係の原告等(肩書住所地が北海道にあるもの)については技能工系給与規程中に、都道府県知事の申請により労働基準局長が一般職種別賃金を決定した職種に対する給与はその決定による旨の規定があるところにしたがつて、北海道労働基準局長が消防手に関して定めた一般職種別賃金の決定が同年八月一八日にさかのぼつて適用されることになつたが、この措置は労働省の指示により昭和二四年六月三〇日限り廃止された。そこでこれに代るべき方法として北海道労働基準局長が技能工系給与規程の適用を受けるものとして新設した「ポンプ修理工」に関して一般職種別賃金を決定し、同月一日にさかのぼつてこれを適用することとしたのを受けて、北海道関係の原告等については、その職種が消防士からポンプ修理工に改められ、引続き技能工系労務者としての賃金が支払われてきた。

2  昭和二四年七月一日L・R労務者への切替が行われた青森県関係の原告等(肩書住所地が青森県にあるもの)についても、北海道の場合と同様、技能工系の職種に属する「自動車運転手」に関する一般職種別賃金の決定によるという事務上の処理により、引続き技能工系労務者としての給与が支払われてきた。

四  その後昭和二六年六月九日特調乙発第三七三号をもつて事務系給与規程の一部が改正され、連合国軍に使用される消防士の給与が同年七月一日から引上げられることになつたが、これに伴つて特別調達庁長官は、前記三に述べたような方法により従来北海道および青森県知事が連合国軍に使用される消防士に技能工系の給与を支払つてきた措置を爾後取りやめさせることにしたものの、現に支払われている給与の額が右改訂にかかる消防士の基本給基準表の最高額を越えている者については、個々に一定の手続による特認を経た上、従来どおりの給与額をそのまま支給させることにした。この特認制度については連合国軍からも承認が与えられたのであるがその手続をするためには、連合国軍の現地労務連絡士官の推せん状が必要であつた。

当時原告等は、いずれも前記改正給与の最高基準額以上の給与の支払を受けていたところ、北海道関係の原告等の給与については昭和二六年八月一日特労発第一五七〇号をもつて、青森県関係の原告等の給与については同年一一月一〇日特労発第二三五八号をもつて、それぞれ前記手続による特認が与えられた。

五  ところで、その間昭和二六年一〇月一日L・R労務者の給与について一律一八パーセントのベース・アツプが行われたが、原告等に対しても、各自の特認給与額にその一八パーセントに相当する金額を加算したものが以後の給与として支払われることになつた。L・R労務者の給与については、その後も昭和二七年一一月一日二〇パーセント、昭和二九年一月一日に一五パーセント、さらに昭和三二年四月一日に六・七パーセントのベースアツプが行われたが、その都度原告等の給与についても昭和二六年一〇月一日のベース・アツプの場合と同じ取扱いがなされた。

六  ところが、被告は、昭和三二年一一月分以降における原告等に対する給与としては事務系給与規程に定められた消防士の基本給基準表の最高月額を超えて支払をすることができないと通告し、同月以降原告等に対しては右限度でしか給与の支払をしなくなつた。

七  しかしながら、右に述べてきたところによつて明らかなように、原告等の給与については、特別調達庁長官による特認とその後四度にわたつて行われたL・R労務者の給与ベース引上げに応ずる増額とによつて定まつた金額が被告から原告等に対して支払われるべきものとして、昭和三二年一一月当時すでに労働契約上確定されていたのであるから、被告の一方的な措置によりこれを減額することは許されないところである。

八  よつて原告等は、被告に対して、昭和三二年一一月以降昭和三三年三月分までの給与中別紙債権目録記載の未払額および本訴状が被告に送達された日の翌日である昭和三三年七月一八日から支払済みにいたるまで民法所定年五分の割合によるその遅延損害金の支払を求めるものである。

第三請求原因に対する被告の認否および主張

一  原告等主張の請求原因事実中一ないし六記載の事実(但し、原告等のうち寺西静雄、畠山豊松、大蔵次郎、福島一美、西村菊治、大林悟、亀谷一久、馬渕忠雄、前田義明、長岡一郎、泉川幸幹、田中初次郎および古山勉は、いずれも昭和三三年四月二〇日以後同年七月一五日までの間に退職した。)および被告が原告等に対し昭和三二年一一月分以降の給与として従前どおりの額を支払わなければならないものと仮定した場合において原告等に対する右同月分ないし昭和三三年三月分の給与につき原告等主張のような未払額のあることは認める。

二  被告が昭和三二年一一月分以降における原告等に対する給与を原告等の主張するように減額することにしたのは、次のようないきさつによるものである。

原告等も主張しているとおり昭和二六年一〇月一日にL・R労務者の給与についてベース・アツプが行われた際に原告等に対しても同率による昇給の取扱いがなされたのであるが、これに対しては昭和二七年に入つてから米軍側より反対意見が表明され、今後原告等に対する給与の支払は事務系給与規程に定められた昭和二六年六月九日改訂にかかる消防士の基本給基準表に準拠する範囲内に止めるべきである旨の申入れがなされた。

元来、被告の雇傭する駐留軍労務者の給与の基準はあらかじめ日米間において労務基本契約(昭和二六年七月一日から発効)第三条および同契約附属スケジユールAにより合意で決定され、調達庁長官がこれにもとづきその給与規程を定めて実施することを要するとともに、かくして被告が労務者に支払つた給与額については米国から全額の償還をうけることになつており、したがつてベース・アツプその他給与の引上をするためには同契約第一九条によつて調達庁長官と米軍契約担当官との商議により附属協定の締結を要することとされているところ、前記ベース・アツプについては当時右所定の附属協定が締結されたのであるが、その際原告等のようにいわゆる特認給与をうけている者についての増額に関しては何等触れるところがなかつたので、前述のとおり原告等に対して昇給の取扱をしたことについて日米間に意見の相違が生ずることになつたものである。

ところで、右労務基本契約第六条によれば、右契約に関する紛争については米軍契約担当官が第一次裁定をし、これに国(本件被告)が不服であるときは極東軍総司令官が最終的裁定をすることに定められており、また昭和三二年一〇月一日に発効した日米新労務基本契約第六条によると、右のような紛争については日米合同委員会が最終的決定をするが、それまでの間は、第一次的に米軍契約担当官が決定し、国(本件被告)はその決定にしたがうものとする旨が規定されている。

調達庁長官は契約担当官と原告等の昇給問題につき交渉を続けたが解決せず、結局昭和三二年一二月五日契約担当者から、被告が原告等に対して事務系給与規程に定められた消防士の基本給基準表の枠を超える給与を支払うことは新労務基本契約のもとでは許されず、その超過部分の給与支払額について米軍から被告への資金の償還は行われないことを承知されたい旨の通告をしてきた。なお、この間原告等に対しては、原告等の主張するとおり昭和二七年一一月一日、昭和二九年一月一日および昭和三二年四月一日にもL・R労務者の給与に関するベース・アツプに伴う昇給が、前述のような紛争中にもかかわらず、原告等の利益を考慮して行われたのである。

原告等の昇給問題に関しては目下被告において日米合同委員会の調停委員会に訴願中であるが、その結果をみるまでの間においては新労務基本契約第六条により契約担当官の決定に拘束されざるをえないので、被告は原告等に対して従前どおりの額で給与を支払うことはできないのである。そこで被告としてはやむをえず昭和三二年一一月分以降における原告等に対する給与の支払を原告等の主張する限度に止めることにしたのである。

第四被告の主張に対する原告等の答弁

一  被告主張の事実中、日米新労務基本契約が被告主張の日時から発効し、その第六条に被告主張のような規定のあることは認めるが、その余の事実はすべて知らない。

二  新労務基本契約の定めるところにしたがつて、被告が原告等に対する昇給措置に関してこれに同意しない米軍契約担当官の決定に拘束されるにしても、それを理由として直ちに原告等と被告との間の労働契約の内容をなす労働条件である給与額を被告において一方的に変更することができないことは当然である。

第五証拠<省略>

理由

一  原告等主張の請求原因事実中一ないし六記載の事実(但し、一の事実については、原告等のうち寺西静雄、畠山豊松、大蔵次郎、福島一美、西村菊治、大林悟、亀谷一久、馬淵忠雄、前田義明、長岡一郎、泉川幸幹、田中初次郎および古山勉が昭和三三年四月二〇日以後同年七月一五日までの間に退職したとの被告の主張に牴触しない範囲において)は、すべて当事者間に争いがない。

二  連合国軍の進駐当時その需要に応じて連合国軍のために労務に服していた日本人労務者および平和条約発効後駐留軍のため労務に服する者で被告の雇傭する者(いわゆる駐留軍労務者)の身分および給与等に関する立法の経過は、大略左のとおりである。

昭和二三年法律第二五八号国家公務員法の一部を改正する法律により、国家公務員の職のうち特別職に属するものを定めた国家公務員法第二条第三項の列挙中に「連合国軍の需要に応じ、連合国軍のために労務に服する者」が追加されるとともに、昭和二四年法律第二五二号特別職の職員の給与に関する法律においては、その第一一条で、右の職にある職員の受ける給与の種類、額、支給条件および支給方法は、特別調達庁長官が大蔵大臣と協議して定めるものと規定されていた。ところがその後昭和二七年法律第一七四号日本国との平和条約の効力の発生及び日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定の実施等に伴い国家公務員法等の一部を改正する等の法律により国家公務員法第二条第三項の列挙中から「連合国軍の需要に応じ、連合国軍のために労務に服する者」が削除され、かつ、これに伴つて特別職の職員の給与に関する法律に改正が加えられ、いわゆる駐留軍労務者は国家公務員ではなく、その給与その他の勤務条件は、生計費ならびに国家公務員および民間事業の従業員における給与その他の勤務条件を考慮して、調達庁長官が定めるがそれまでの間は、日米安全保障条約発効の日において定められている、連合国軍の需要に応じ連合国軍のために労務に服する者の給与その他の勤務条件によることとされたのである。

三  ところで、上来判示したところによると、次のとおり判断することができる。

昭和二六年一〇月一日L・R労務者の給与について一八パーセントのベース・アツプが行なわれたのに対応して原告等に対しても原告等に対しても同率の昇給がなされる直前における原告等の給与は、原告等の主張する特認にかかる額のものとして原告等の被告に対する勤務条件の内容をなしていたものと解すべきところ、その後原告等に対する昇給の基準となつた、L・R労務者に対して昭和二六年一〇月一日、昭和二七年一一月一日、昭和二九年一月一日および昭和三二年四月一日に行われた給与のベース・アツプは、成立に争いのない乙第七号証の一ないし四によれば、いずれも国家公務員の給与改訂の一部としてまたはこれに即応してなされたものであることが、認められるのであるが、被告は、前述のとおり昭和二六年一〇月一日L・R労務者の給与に対してベース・アツプを行うにあたり、原告等にもその利益を均霑させるべきであるとの見解のもとに、原告等に対して昇給の措置を講じたところ、米軍の使用する日本人労務者に被告から支払われる給与につき被告に償還の責に任ずる軍側から、原告等のように特認給与を受けている者にかかる措置のとられることは予想しなかつたところであるとして原告等に対する右昇給に対して異議が出されたことが、成立に争いのない乙第八、九号証によつて認められる。そして被告の主張するところによると原告等に関する昇給問題について被告と軍との間で紛争中であつたにもかかわらず、被告はその後においても前述のとおり三回にわたりL・R労務者の給与についてベース・アツプが行われた都度原告等に対して同率の昇給を行つたというのであつて、原告等に対する右各昇給がこれについて軍の同意が得られ、その昇給分についても軍から被告に償還がなされることになることを条件として行われたというような点については、被告より何等の主張も立証もなされていないのである。してみると少くとも原告等と被告との関係に関する限りにおいては、原告等のためにする前記昇給は、その都度原告等の被告に対する勤務条件の内容として、両者の間で確定されたものとみるべきである。

それにもかかわらず被告は、原告等に対する昭和三二年一一月分ないし昭和三三年三月分の給与の支払額を従前のものより減額するにいたつたのであるが、その理由として被告の主張するところは、要するに、原告等に対する前記各昇給が軍の認めるところとならず、日米新労務基本契約の定めるところに従つて被告において当該紛争について日米合同委員会に訴願中であるが、その結果をみるまでの間は米軍契約担当官の決定に服さなければならないところ、昭和三二年一二月五日米軍契約担当官から、被告が原告等に対して事務系給与規程に定められた消防士の基本給基準表の枠を超えて給与を支払うことは新労務基本契約上許されないところであり、その超過部分の給与支払額については米軍より被告に対し資金の償還は行い難いから承知されたい旨の通告がなされたからであるというにある。しかしながら被告が右に主張するところはもつぱら、日米両国政府の間で締結され、この両者に対して拘束力をもつ労務基本契約のもとにおける被告と駐留車との間の内部事情に過ぎないのであつて、被告と原告等との間において一旦定められた原告等の給与その他の勤務条件を被告において一方的に変更し、その効力を原告等に忍受させる当然の根拠とはなし得ないものと考えるべきである。

四  してみれば、被告が原告等に対して昭和三二年一一月分ないし昭和三三年三月分までの給料として支払つたものにはいずれも不足分のあることが明らかであり、もしそうだとすればその金額が別紙債権目録記載のとおりであることは被告の認めるところであるから、被告に対してその合計金額および本件訴状が被告に送達された日の翌日であることが記録上認められる昭和三三年七月一八日から完済にいたるまで民法に定める年五分の割合による右金額に対する遅延損害金の支払いを求める原告等の請求は正当として認容すべきであるので、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。なお、この判決に仮執行の宣言を附する必要はないものと認め、その申立は却下することとする。

(裁判官 桑原正憲 駒田駿太郎 西山俊彦)

(別紙省略)

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